活躍を期待する選手紹介

【剣道】山中 佳英(やまなか よしひで)さん

【プロフィール】
山中 佳英(やまなか よしひで)
1975年8月27日生まれ 小山市出身
小山市立大谷中学校-作新学院高校―東京電力パワーグリッド株式会社
身長174cm、体重100㎏
練兵館所属 現在教士七段
趣味は愛する柴犬さくらちゃんとの散歩



【実績】
剣道界の4大大会とされる全日本東西対抗剣道大会、全日本剣道選手権大会、全日本都道府県対抗剣道優勝大会、国民体育大会のすべてに出場経験を持つ。
全日本都道府県対抗剣道優勝大会の県予選会は1996年に先鋒の部で初優勝して以来、次鋒の部、副将の部で通算11回の優勝を誇り、国体には2006年以降5度出場を果たしている。





武者修行を経て大きく飛躍


 「いちご一会とちぎ国体・とちぎ大会」開催に向けて一昨年秋、栃木県総合運動公園内に新設された県武道館。本番を1年半後に控えた今、強化日になると代表入りを目指す県内の名だたる剣士たちがここに集い、強化稽古に汗を流しています。稽古の始まりとともに速い動きで素振りを繰り返す剣士が目立つ中、一振り一振りを確かめるようにゆっくりと竹刀を動かす山中佳英さん(45)の姿が異彩を放っていました。


ゆっくりと竹刀を振り下ろし、全身の動きを確かめている山中さん(写真中央)

 「試合の時に肩甲骨を動かすことはほとんどありませんが、実はその動きが剣道では本当に重要なんです。ですから、ゆっくりとした素振りで肩甲骨の動きを確認し、足の動きなども意識しつつ徐々に素振りの速さを上げていくようにしています」
 素振りの後は、一対一の立ち合い稽古に。山中さんは男性剣士ばかりでなく、若い女性剣士との立ち合いにも積極的です。「女性は力やスピードで差がある男性と勝負するためにさまざまな工夫をしてきますから。こちらが強引に攻め立てたらやられてしまうので、すごく勉強になります」と説明します。
 理路整然とした言葉の端々ににじむ剣道への情熱。その謙虚で真摯な姿勢は、「求道者」と言っても過言ではありません。


返し技を得意とする山中さん。剣先の駆け引きの中、稽古相手もなかなか手が出せません(写真右側)

 小山の名門道場「練兵館」で剣道を始めたのは、幼稚園の入園前で「親戚のおじさんがやっていた影響と思いますが、気が付いたら剣道をやっていた感じです」。それから道場と学校での部活動、職場である東京電力のチームに所属しながら剣道一筋40余年。現在、剣道界の最高段位である八段に次ぐ七段の高段位者であり、地元国体で活躍を期す成年男子代表の有力候補として注目を集めています。
 飛躍への大きな転機となったのは、20代後半で初めて挑んだ“武者修行”でした。当時の山中さんは自らの成長に強い手応えを感じており、目標の全日本選手権出場に向けて県予選に自信を持って臨んでいましたが、どうしても過酷な一発勝負を勝ち抜くことができません。「このままじゃ駄目だ」と県外での出稽古を思い立ち、県予選前の1週間、千葉県警の稽古に連日一人で参加させてもらったそうです。「それまで自分は栃木県外で稽古した経験がなく、栃木の剣道しか知りませんでした。県外には様々な剣風・稽古法があり、そこで揉まれることでさまざまなことが学べたし、剣道観も変わりました」と振り返ります。この年に本大会出場は成りませんでしたが、その後、抜群のバイタリティーを発揮して山梨県警や名門企業などで武者修行を重ねるうちに課題だった「勝負強さ」がメキメキと向上。31歳で迎えた2006年の全日本選手権大会の県予選でついに初優勝を飾り、待望の本大会出場を果たしました。この年は、他にも昇段試験の六段に合格したほか、兵庫国体にも初出場するなど実り多い一年でした。


武者修行を重ねた事で自身の剣道の世界が広がり、成長につながったと答える山中さん



目標は剣道を極めること


 全日本選手権大会の1回戦は、引き面で先制したものの飛び込み小手を返されて延長戦に突入。延長1分20秒に2本目の小手を奪われ、惜しくも初戦敗退となりました。当時の取材に対し「気持ちで負けない自分の剣道はできました」と悔やんだ様子のなかった山中さん。15年が経過した現在、当時の思いは昇華され、剣道観として揺るぎないものになっていると断言します。
 「自分にとって剣道は試合に勝つことではなく、自分の剣道を出し切ること、極めることが目的です。もちろん勝負なので勝つことも大切ですし、昇段することも大切ですが、それらはあくまで通過点であり、最終到達点ではありません」


自身の剣道をとことん極めたい。その気持ちは、真摯に稽古と向き合う姿からも伝わってきます

 その言葉通り、約10年前に大田原高校の剣道部の指導を引き受けた時にメンタルトレーニングを独学で始め、専門家による講習も積極的に受講しています。「呼吸法で心拍数をコントロールすることで勝負の時の集中がスムーズにできるようになりました」。また、東京都内に勤務していた2年前までは出勤前に毎日、警視庁の道場で朝稽古を続けるなど、「極める」ための努力を決して怠りません。
 そうした姿勢は剣道界から高い評価を受け、全国の精鋭が集う全日本東西対抗剣道大会に2013年、17年、19年と3度も東軍の代表に選出されて出場、いずれも勝利を収めています。
 作新学院高3年時に栃木県内でインターハイが開催されましたが、この地元での大舞台に山中さんは出場できませんでした。そして今回、キャリアの充実期で迎える地元国体となります。「私は巡り合わせがいいんですね。地元の大会で優勝したい気持ちもありますが、県内にはライバルが多いので、まず代表に選ばれなければ始まりませんから」。抱負は控えめでも、自らに厳しい「求道者」の活躍に期待は高まるばかりです。


気迫あふれる掛け声とともに、鍛錬された打突が相手をとらえます